■先人に導かれ、辿り着いた白カビチーズの物語。
(文・猿渡亜美/スロウ84号掲載)
美しい海岸線と連なる山々の間にあるせたな町。函館からは車で2〜3時間、札幌からは3〜4時間ほどの距離がある、静かでのんびりとした田舎町です。冷涼な気候と広大な牧草地を活用した酪農、有機や循環型の農業を営む農場が点在しています。2022年にせたな町で開業したチーズ工房・チーズダム。工房を切り盛りするのは代表の齊藤正人さんと、工場長の中山恵里子さん。せたな町出身の齊藤さんは漁師として働きながら、夏は海の家の運営、冬は全国の北海道物産展に出店するなど、さまざまな仕事に携わってきました。チーズの道へ進むきっかけとなったのは、町内で近藤チーズ工房(本誌1号掲載)を営んでいた近藤恭敬さんとの出会い。近藤さんといえば、北海道におけるナチュラルチーズのパイオニアのような存在です。近藤さんのチーズを通じておいしさや魅力を知った齊藤さんでしたが、その後間もなく近藤さんが亡くなり、チーズの製造はストップ。齊藤さんは「いつか近藤さんのように、自分でもチーズを造ることができたら」と思うようになりました。
チャンスが訪れたのは、2021年のこと。町内でアイスクリーム工場として使われていた施設の関係者から、「別の活用方法を探したい」という相談がありました。その海沿いの倉庫のような建物には、乳製品の加工ができる設備が整っていたのです。そこで齊藤さんは、コロナ禍で物産展が行われなくなったこともあり、本格的にチーズづくりに挑戦してみようと考えました。
最初のうちは独学で始めようとしましたが、「素人にできるものではない」と早々に断念。そのとき偶然にも全国から有機農業の生産者が集う会議に参加することに。そこで講師として招かれていた共働学舎代表・宮嶋望さんに出会います。齊藤さんは「チーズづくりを教えてほしい」と直接相談してみたところ、宮嶋さんは快諾。相棒の中山さんが共働学舎の農場に住み込み、指導してもらうことになりました。宮嶋さんは「せたなはフランスのノルマンディー地方に気候が似ている。名産の白カビチーズを造ると良いだろう」とアドバイスをくれたそう。ノルマンディー地方は温暖な海洋性気候で、草が良く育ち、放牧酪農が盛んな地域。こうして宮嶋さんの先見の明に導かれ、チーズダムはカマンベールを主力に据える道を歩み始めました。
■丘の上の放牧地で、ストレスなく過ごす牛たち。
チーズの原料には、町内の西川牧場の有機生乳を使っています。牧場を営むのは2代目の西川譲さん。牧草、乾草、牧草サイレージ、ビートパルプのみで育てており、2004年に有機認証を取得しています。せたな町では、2000年代から町独自の生産基準を定めて有機牛乳の生産を後押ししてきました。西川牧場もその一つで、当時有機畜産に挑戦しようとしていた企業と共に、有機転換を果たしたのです。
父から牧場を引き継いだ時点では、慣行農法での酪農を営んでいた西川さん。実は高校生の頃から有機農業に関心を抱いていました。残念ながら30年前にはまだ有機について学ぶ方法がわからず、思いを胸にしまい込んでいたそう。「牛は人間が食べられないものを食べて、人間が飲める牛乳を作る生き物。世界には食べるのに困っている人がいるのに、あえて人間が食べられる穀物を牛に与えなくても良いのではないか。牛として自然に生きてほしいと思っていました」。町の後押し、企業との連携というチャンスを活かして、有機酪農に挑戦し20年以上。生乳の収量の落ち込みや、傾斜のきつい牧草地での堆肥などの散布といった課題を乗り越え、「生産的に安定したのはここ1〜2年」と西川さん。苦労を重ねながら生産を続けてきました。
西川牧場の牛たちは、夏はもちろん冬の間も可能な限り屋外で過ごしています。放牧地は丘の上。東側の風が強ければ西側の斜面に移動するなど、牛が過ごしやすい場所を求めて、自由に動くことができる環境です。日本海から運ばれてくるミネラルや、牛が排泄する糞尿、土壌の微生物によって、牧草の状態も年々良くなっているのだとか。西川さんが20年にわたってコツコツと積み上げてきた成果です。それにのんびり草を食べる牛たちの表情は穏やかで、「ここで生まれ育って良かったね」と声をかけたくなりました。
しかし有機認証を得ていても、一元集荷によって「北海道産の牛乳」として販売されるのが実情です。西川さんは「有機生乳を活かしたい」という思いのもと、チーズダムに生乳を提供することにしました。そんな西川牧場の生乳は、ブラウンスイスやジャージーのため脂肪分が多いのが特徴。濃厚でありながら、サラッと飲みやすいのが魅力です。「チーズダムにはうちの牛乳の特性を活かして、良いものを作ってほしい。特に要望は伝えず、出来上がりを楽しみにしています」と西川さん。責任をもって品質の良い原料を提供し、その先は作り手に委ねる。互いの信頼と尊重の上に成り立つ関係から、チーズダムのチーズが生み出されています。
■焦らず、じっくりとチーズに向き合いたい。
共働学舎新得農場へ修業に赴いた頃のことを中山さんは「最初は私がチーズを造ることなんてできるのだろうか、と不安でいっぱいでした」と振り返ります。宮嶋さんのアドバイスのとおり、種類は白カビに絞って2ヵ月という短い期間で造り方を学びました。「何もわからないところから、一周、二周と工程を知ることで理解が深まりました」。
その後、本格的にチーズを造り出したチーズダム。宮嶋さんの「生乳はなるべく動かさず、空気に触れる時間を短く、新鮮な状態で扱う」という教えに基づき、西川牧場に直接出向いて集乳缶に入れ、生乳を運んでいます。ブラウンスイスやジャージーの生乳は黄味が特徴で「ゴールデンミルク」とも呼ばれる濃厚な味わい。牧草を主食とする夏場は、より黄味が強く濃い生乳になるそう。ほんのりと草の香りが感じられて、白カビの風味と相性が良いのです。運んできた生乳を殺菌した後、スターター(乳酸菌などの微生物)やレンネットを加え、カットしてから型に入れて、白カビを育てます。数週間熟成させる間に何度か反転させ、白カビを均等に育成して完成。室温によってスターターの量、蒸気の有無やカットの仕方を微妙に変更しながら進めます。脂肪分の多い生乳なので、脂肪球が分離しやすいのが中山さんの悩みどころ。牛が食べるエサや季節によっても乳成分は変化するため、同じ造り方でも違う仕上がりになるのです。「一つひとつの熟成具合をpH計や酸度計のほか、目視や匂い、触感で管理しています」と中山さん。五感をフルに使って向き合っています。
世界的な賞に輝いたことで需要が高まり、うれしい悲鳴を上げているチーズダム。生産量を増やしたいところですが、中山さんは「もう少しじっくり見極めたい」と話します。今の悩みは顧客から寄せられる期待が大きいこと。「『賞をとったチーズだから』と購入してくれる方が多い。受賞の事実ばかりが先に行ってしまい、品質の安定や工場の稼働体制が置きざりになってしまうのではと不安はあります」。だからこそ焦らず、当分はできるだけ少人数でチーズを造る道を選んだそうです。中山さんが五感で感じとっているものを、将来的に体系化や定量化できたとき、新たな展開が待っていることでしょう。
「40歳を過ぎてから始めたことで、世界に挑戦できるってすごいと思うんです。これからも勉強を続けて、経験を積み重ねていきたい。今は試作で失敗しても、チーズを造るのが楽しくて仕方ない」。誠実に自分の手で積み上げていく。これからチーズダムの熱が、どんな形に熟成していくのか楽しみです。
■商品紹介
・瀬棚-SETANA
脂肪分が高く、濃厚な白カビチーズ。口当たりが滑らかで、優しい風味です。少し寝かせて、熟成が進んでから違いを味わっても。
・最内-MONAII
乳酸発酵の力で凝固させたフレッシュタイプのチーズ。外側のふわふわは酵母。温めたバゲットと相性抜群です。
・モッツァレラチーズ
グラスフェッドミルクの風味と、ほど良い酸味が調和。すりおろした生わさび醤油やショウガ醤油に付けて食べるのがおすすめ。
・スカモルツァ
モッツァレラとは異なる製法、乳酸菌で作るソフトなカチョカバロ。塩味がついています。オーブンで焼いても。
■作り手 CHEESEDOM(せたな町)
2022年にせたな町で開業したチーズダムは、町内で生産された有機生乳を使用するチーズ工房です。2024年には「瀬棚-SETANA」が世界最大級のチーズの品評会「World CheeseAwards」で、最高賞となるSuperGoldを受賞ています。
■商品詳細
・瀬棚-SETANA
原材料/有機生乳(北海道せたな町産)、食塩
内容量/約250g
賞味期限/製造より冷蔵で30日
・最内-MONAII
原材料/有機生乳(北海道せたな町産)、食塩
内容量/約90g
賞味期限/製造より冷蔵で30日
・モッツァレラチーズ
原材料/有機生乳(北海道せたな町産)、食塩
内容量/約100g
賞味期限/製造より冷蔵で14日
・スカモルツァ
原材料/有機生乳(北海道せたな町産)、食塩
内容量/約90g
賞味期限/製造より冷蔵で21日
商品内容:瀬棚-SETANA、最内-MONAII、モッツァレラチーズ、スカモルツァ×各1
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