はたしてお米屋さんの世界では一般的なことなのかどうか筆者には判断が付きませんが、向さんの「稲」に関する知識には驚かされるものがあります。ご自身も「周囲から、やっと恋人に会えたねって言われちゃって」と、希少さゆえにいくら探しても出会えなかった稲をやっと目にすることが出来たときのエピソードを笑って振り返るように、「稲を知ること」にかけては、相当な情熱を傾けていらっしゃるご様子なのです。それはもういち経営者の範疇を越えているのではないかと思うほど。
ただ、かつての向さんは、米販売店の社長としての立場から「お米を、単に商品として見なしていた」と言います。転機が訪れたのは平成6年。大凶作に見舞われた米農家さんの苦境を目の当たりにして、販売店としても安閑としていられない状況の中で古代米をテーマにしたシンポジウムに初めて参加したときのことでした。そこで、稲の権威として知られる、ある農学博士との運命的な出会いを果たすのです。「講演を聞いて目から鱗が落ちましたよ。米が稔るためには、稲としての長い時間があるんです。だから稲を知らずに米を語ることは出来ないじゃないかって」。その場で博士が主宰する古代米研究会(現在は、NPO法人アジア太平洋農耕文化の会)に入会。以降、米食文化の発祥の地である東南アジアなどへの研究旅行にも積極的に参加するようになります。暇さえあれば専門書を読み漁り、知れば知るほど稲の奥深い魅力に引き込まれていったと言います。
並行するように、向さん自ら開発を手がけた米粉スイーツは、発売から10年ほど経った現在、全国の物産展で人気を集めるまでになりました。取材から数日後、向さんはひと月にも及ぶ物産展行脚の最中で名古屋にいました。「粒食に頼らない米の楽しみ方を伝えることで、米の消費拡大に繋がれば」。日本の原風景である田んぼを守り続けるための忙しい日々はまだまだ続いていきそうです。